
山形の秋は、河原に鍋が並ぶ季節です。里芋の収穫が始まる9月から10月にかけて、 家族や職場、サークル単位で河原に出て、大きな鍋を囲みます。県外の人に「芋煮って何」と聞かれると、 「里芋の煮物を河原で食べる行事」と答えるのですが、これだけでは半分しか伝わりません。 内陸と庄内で、味の方向がまったく違うからです。
内陸(村山・置賜・最上)
- 味付け:醤油
- 肉:牛肉
- 味の方向:甘辛い、コクのある醤油味
庄内
- 味付け:味噌
- 肉:豚肉
- 味の方向:味噌の香りとコク、豚の脂の甘み
同じ県内でも、山を一つ越えると鍋の中身が入れ替わります。これは移動性の高い現代でも変わっていません。 内陸の醤油牛肉派に「なぜ豚と味噌なのか」と聞くと不思議そうな顔をされますし、庄内の味噌豚肉派に 「なぜ牛と醤油なのか」と聞いても同じ反応が返ってきます。お互いに相手の作り方を知ってはいても、 自分の家で育った味こそが芋煮だと思っている人がほとんどです。
山形市の芋煮は、日本一の規模で作られる
内陸側の象徴的な行事が、山形市の馬見ヶ崎川河川敷で毎年9月に開かれる「日本一の芋煮会フェスティバル」です。 1989年に始まり、直径6.5メートルの大鍋「三代目 鍋太郎」を、建設現場で使われる重機(バックホー)でかき混ぜながら、 一度に約3万食分を調理します。第30回の開催時には、8時間で最も多く提供されたスープとしてギネス世界記録を達成しました。 観光客向けのイベントというより、地元の商工会議所青年部が「山形の芋煮会文化を全国に発信したい」と 始めたのが出発点です。
「醤油か味噌か」ではなく、「どちらの記憶で育ったか」の話なのだと思います。
二つの芋煮の、味わいの違い
里芋、こんにゃく、ねぎといった具材は共通していても、内陸式と庄内式では仕上がりが大きく違います。 内陸式は、醤油と牛肉の脂が絡み合い、ご飯が欲しくなる濃いめの味わい。庄内式は、味噌のコクに豚肉の甘みが重なり、 日本酒にも合う輪郭のはっきりした味わいです。どちらが優れているという話ではなく、 それぞれが別の料理として成り立っている、と捉えるのがよさそうです。
県外から山形に来た方には、まず自分が今いる地域の作り方を食べてみることをおすすめします。 そのうえで、機会があれば反対側の作り方も試してみてください。同じ「芋煮」という言葉の中に、 実はまったく違う二つの味覚文化が入っていることに気づくはずです。
参考:日本一の芋煮会フェスティバル公式サイト